温めますか?

「 、君は食費に無駄が多い。」

「う…」

机の上に並べられたレシートの山と計算機、そして自分では買った事のない家計簿ノート。



「若い女性が、コンビニ食が殆どとは…」



机を挟んだ向かい側で、腕組みをしたまま座る二枚目に溜め息を吐かれた。

それをテストで赤点をとった子供の様に、正座で受け止める。


『倹約は得意だ』と自負するアチャ男さんに、何となく「じゃあちょっと協力してよ」と相談したのがつい一時間前…

まさかこんな小姑よろしくな説教をされるとは、正直思っていなかった。

意識を半ば放浪させていると、集中しろ!と言わんばかりに人差し指でノートに書かれた『出費』の一覧をトントン小突きながら、彼は容赦なく言葉を射る。



「それになんだ、このゲームソフトの購入数は…明らかに積んでいるだろう!」


「だっ!」



だって、初回生産版や限定版は予約購入しておかなければ手に入らなくなってしまう!

と、言おうとしたが…
もの凄い眼力で睨まれたのでやめた。



「…で、でもその分バイト頑張ってるし!」


「収入のためにシフト時間を延ばしても、疲れて自炊をしないのでは食費が嵩むだけではないのかね?」


「う…だって朝方帰って来たら作るの面倒なんだもの」


「…やれやれ」


「何か良い方法ないかなぁー…」


グッタリと両手を伸ばして机に突っ伏す。
ふと、思い付いた考えを自然と口からこぼした。



「まあ、食べずにそのまま寝ちゃえば良いんだよね」



その言葉が後にとんでもない事態への引き金になってしまうとは、この時…予想する事が出来なかった。

突っ伏した後頭部に、盛大な溜め息と共に怒気を含んだ言葉が静かに降り注がれる。


「君は私の前でそんなふざけた事を口にするのか…」


恐る〃顔を上げれば、先程よりも更に眉間の皺を深く刻んでいる彼と目が合う。
何かを言わなければ…と思考を巡らせる前に、彼は低く唸るように言葉を続けた。



「確かに就寝前の飲食は避けるべきだが、食事をしなくても良いという事にはならない。むしろ肉体労働をする上でバランスの摂れた食事は必要不可欠だ。そして適度な睡眠も、忘れて貰っては困る。」



アンタいったい何処の管理栄養士だ…
もしくは私の専属トレーナーかっ!?



口から再び溢れそうな言葉を飲み込み、後ろ首を撫でるようにして髪を指先に絡めたまま気怠く呟く。


「…そう言われてもなあ……」


分かっている、実践出来ていればはなからこんな話は持ち出さないわけで…いくら最良の方法があった所で結局はなんの解決にもならないという事。



「誰かが御飯作って、待っててくれるわけじゃなし」


「………」



彼にもそれは分かっているらしく、押し黙ったまま目線を少し下げて家計簿を見詰めながら、何やら思考している。
自分が撒いた沈黙に耐えられなくなり、「やめやめ、別の出費を抑えよう」と笑って誤魔化そうとしたが…



「…まあ、その…なんだ、そう毎日とは言えないが…君の帰りが遅い時くらいは、私が台所に立っても構わないのだが…」



「へ?」



予想外過ぎる彼の発言に、まあ綺麗なまでに気の抜けた声が出ましたよ、と。
キョトンとしたまま口を半開きにしていると、彼はわざとらしく口元を拳で覆いながら咳払いをした。



「か、勘違いして貰っては困る!あくまで君の倹約に協力する為であって、他意はないっ!」


「やたー!明日から温かい御飯が食べれるー!」


「……君は、今までいったい何を口にしていたんだ…」


「ありがとーっ!」


勢い良く机に乗り出し、アチャ男さんの両手を握り締めてしまった。
すぐに振り払われるかと思ったが、両手は動かされる気配もなく、また眉間に皺を寄せて睨まれているのかも知れない…と恐る恐る顔を上げる。



「…まったく」



穏やかな笑顔で溜め息を吐く様は、ヒューマンドラマで良く見掛ける母親の顔によく似ていた。

骨格も筋肉もしっかりとした男性に対して、真逆の存在を重ねて見てしまうのは変かもしれないが…
確かに感じる、この暖かい眼差しと柔和な雰囲気は子供の頃に向けられことがあるもの。

だから、自然と口から出てしまった…



「おかあさんっ!」



その一言で目の前にあった笑顔は崩れ、両手はするりと離れて私の両頬を左右に引っ張る。




「君の母親になった覚えはないっ!!!」



こうして、私の生活にまた一つ…
新たな要素が加わった。


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